FX比較通貨講座

ロシア危機とFXの円高

8月15日は終戦記念日です。この戦争があったからこそ、皆が平和を願い今の日本というものが存在しています。私は戦争がどれだけ悲惨だったかというのは、身をもって体験したわけでもありませんが、少なくとも当時の歴史がどうであって、今後どのように活かすべきかは、しっかりと考えていかなければならないと思います。終戦記念日からは離れてしまいますが、今日はそんな歴史を振り返るということで、為替先物取引相場の歴史についても、振り返ってみましょう。(ちょっと強引な結び付け方?!)為替相場のチャートを見てみると、1998年の10月に、ものすごく長い陰線があることにお気づきでしょうか?USD/JPY相場は、130円から111円へと、なんと2日間で19円!も円高になっています。ポンド、豪ドル、キウイ、南アフリカランド、どの通貨をとっても急な軒並み、急落しています。ちなみに、1998年のドル円相場は、8月に147円というのを記録して、大幅なドル高で始まりましたが、結局138円台まで下落して、陰線で終わっています。この1998年以来、ドル安円高アノマリーは続いているわけです。話が元に戻りますが、2日に19円も下落した時の相場参加者はどんな思いだったのでしょう。この時の急落ぶりは恐ろしいほどで、ドル円のスプレッドが1円以上あったということも聞いたことがあります。しかし、なぜ19円も急に円高になったのでしょうか?この引き金がロシア危機と呼ばれるものです。1991年のソビエト崩壊後、ロシアは高い成長を続けていたため、常にインフレ状態でした。そこで、1998年に、1000ルーブルを1ルーブルとする、デノミを行って、インフレを抑制し、経済の安定化を狙いましたが、その方策もむなしく、経済は安定せず、8月には通貨の切り下げ、さらには対外債務の払い戻し停止を発表します。債務の払い戻し停止とは、「すまん!俺の家ちょっと問題あって金返せん。金返すのはちょっと待ってくれん?というか、待て!」というような、かなり強引かつ、ありえないようなスカウト政策が実施されます。こんな、強引なやり方では、人は信頼できません。国家でも同じです。当時のロシアは、高い成長性が魅力だったので、ヘッジファンドをはじめ世界中の資金が流入していましたが、ロシアの政策によって、その資金は急にロシアから引き上げられます。結果、ロシアの債券やは、暴落しました。これがロシア危機です。このロシア危機の源流にあるのが、アジア通貨危機による、世界中の金融不安なのだそうです。では、なぜ、円高になったのでしょうか?1998年当時のドル円相場は、1995年の79円から一転、円安ドル高が止まらず、1$=147円にまで上昇していました。この上昇が、今のドル円相場でもよく耳にする、キャリートレードです。つまり、「金利の低い通貨を売って、金利の高い通貨を買い、その資金で債券や株などを購入すること」です。1998年の日本は0金利政策だったので、日本円を売り、米ドルを買う、キャリートレードが頻繁にされていました。結果、ドル円相場は上昇します。そこに、問題のロシア危機です。ロシアの高い成長性に目をつけていた、ヘッジファンドは、ロシア債を大量に買っていました。しかし、ロシア危機により、ロシア国債は暴落します。結果、その証拠金として使用していた、お金が足りなくなります。そうすると、証拠金維持のために、キャリートレードで調達していた円を、再び買い戻す必要に迫られます。ロシア債を買っていたヘッジファンドは、大量に円買いを行った結果、円相場は急に円高となり、ドル円相場は1日に19円も下落したというわけです。LTCMと呼ばれるヘッジファンドは、ドリームチームとも呼ばれ、市場に起こることを全て理解していると豪語していたそうです。そういった、過信がロシア危機により崩れ、そしてこれまで稼ぎ出してきたお金もなくすことになってしまいました。私は、この事件を振り返って、次の2点を教訓としたいです。@相場に参加するときは、常に謙虚になること。自らを過信してはならない。Aストップロスは必ずつけること。全てを失うことは、あまりにも簡単である。B勝っているときこそ謙虚な気持ちを忘れず、反省する。